ブログについて

「徒然草」の自分勝手な現代語訳(意訳)を中心に、ときどき自分の日常もつれづれます。

この嘲弄の上に乗ってふわふわと高い瞑想の領分に上って行くのが自分には大変な愉快になった。 硝子戸の中(夏目漱石)

ページ

2013/03/18

珈琲と東京マラソンの話

珈琲を飲みながら、走ることを決めた。

帰山人さんにデミタスを淹れていただいたのは、
昨年5月、約80kmのトレイルランニングレース「STY」で
リタイアした後の河口湖大池公園。

DNF(Did Not Finish)後のぼんやりした頭で
その珈琲を飲んでいたら、走ることに向き合おう
と、思っていた。

それまでの練習は週末くらいで、お腹もけっこう出ていたけど、
50kmのトレランも完走していたし、なんとかなるだろうと思っていた。
DNFはもちろん悔しかったけど、何よりこたえたのが、
心が折れること自覚をしたことだった。
(“折れる”というけど、それはぼんやりと輪郭を無くして、
ホットケーキのタネのように溶けていった)

ちょっと頑張るだけで関門は突破できたはずなんだけど、
足が前に進まない。走る気持ちが起きない。

翌日から、練習を始めた。目標は月間300km。
6月:300km、7月:200km、8月:300km、9月:300km
(後で、うわごとのように300km...と繰り返していたと笑われた)

9月になると体重は63kgから57kgまで落ちていた。
服が大きく感じたし、ダイエット広告のモデルみたいに
ズボンがゆるんだ。
STYでは6kgのおもりをつけて走っていたと思うとぞっとした。

距離を必死になって追いかけていた時、
「東京マラソン2013」の当選メールが来た。
第1回から落選続きだったから、しばらく実感がわかなかった。
(「小僧の神様」の小僧にでもなったようで)

11月には、サブ4を目標に「いびがわマラソン」を走ったけど、
同大会の自己ベスト(4時間21分)も更新できず、
4時間31分と散々な結果だった。

レースを反省して、マラソン関連の新書を4・5冊読んでみた。
中でも気に入ったのが、岩本能史さんの「非常識マラソンメソッド」と
「非常識マラソンマネジメント」。
シンプルで市民ランナーにとっても実行可能な方法が多かった。
それからは距離を落として、インターバル走など、
筋肉をつける練習を追加。
ペースにメリハリをつけてみたり、練習方法を試行錯誤した。

東京マラソンの2週間前には、「名古屋30K」を走って、2時間39分。
1週間前のハーフ練習会では1時間45分だった。
直前に走り過ぎたかもしれないけど、
それまでのレースは直前に休みすぎだったと感じていたので、
今回は追い込みをしてみたかった。

大会前日は早めに東京ビッグサイトで受付をした。
歩いているだけで、サンプルがどんどん貰えて楽しかったけど、
岩本さんの本に「会場を歩き回るだけで、ハーフ1本分くらいの
疲労が脚に溜まる」と書いてあったのにも納得して、早めに会場を出た。
それでも、いくつかのブースはまわれて、
会場で買った限定ランチパックを外で食べた。

そのまま大崎のホテルに戻って、のんびりレースの準備。
コンビニで買った入浴剤を使って湯船に浸かったり、ナンバーをつけたり。
少し喉に違和感があったので、念のため葛根湯を飲んだ。
どこにも行かないのも寂しいので、東京マラソン用にライトアップされた
東京タワーを少しだけ見に行って、
OS-1でアミノバイタルを飲んで早めに寝た。




当日は朝5時に起きて、OS-1のお湯割り、豆乳、コンビニのおにぎり、
家から持ってきたSURIPUのカンパーニュ、アミノバイタルで食事。
スタートの2時間前にホテルを出て、新宿駅に向かった。
(新宿駅に近いホテルでよかったと思う)

空港の搭乗口に向かうような流れに乗りながら、ランナーの密度が増える。
空気に決意のようなものが満ちて、ゆっくりアドレナリンが出るのがわかる。
慣れているランナーたちは場所取りや装備に工夫が見られて、参考になった。

早めに荷物を預け、トイレに並ぶ。
30分以上は並んで、ようやくスタートブロックに向かう。
だけど、そこからなかなか前に進むことができない。
Gのブロックまで行かなければならないのに、
Hブロックあたりでほとんど動かなくなった。
トイレ渋滞は予想できたけど、スタートに並ぶまでの渋滞は
予想できなかった。
少しずつ少しずつ進んで、ようやくスタート5分前になんとか
Gブロックの最終ラインあたりに滑り込んだ。

靴の紐を結びなおして気持ちを落ち着かせる。
まわりのランナーたちの興奮が伝わってくる。
遠くのほうで、国歌斉唱が始まり、それに合わせて君が代を口ずさんだ。
9時10分、スタート。号砲は聞こえなかったけど、
遠くのビルの隙間から銀色の紙ふぶきが舞い上がるのが見えた。

スタートラインまでは20分程かかると予想し、のんびり歩き始める。
ここはまだスタート地点じゃない。スタートラインから自分のレースを始めると
言い聞かせながら、心を落ち着かせる。
近くのマンションの住人がベランダからランナーに声援を送り、
何人かが応えて、笑いと歓声が起きる。
応援してくれたことと、リラックスさせてくれたことに感謝した。

スタート地点までは予想より早く着き、10分少々でたどり着いた。
近くの壇上には猪瀬都知事が手を振っている。
慎重にスタートラインを踏み、時計のラップボタンを押した。

地面にはハート型の紙吹雪がまばらに散らばり、
寒さ対策のビニールポンチョが捨てられている。
何人かのランナーの足にからまっていた。

スタート直後はゆるい坂道で、あせらないようにしたけど、
ランナーたちの予想以上の早さで、スピードを抑えることに集中した。

風が強い。枯れ木の枝が手を振るように大きく揺らいでいる。
冷たさは感じないけど、四方から吹き付けてくる。
沿道は今までのレースでは今までみたことのない人だかりで、
改めて東京マラソンを走っていると実感する。

はじめの数キロは上手く距離表示が見えなくて、
かなりスローペースになってしまった。
5kmまで、30分47秒。予定よりだいぶ遅い。
でも、ここでは、このペースが正解な気がした。
慌てず、スピードを出し過ぎないように。
それを意識してペースを整える。

5~10kmまでは、28分24秒。
少し持ち直したけど、まだまだ遅い。
乱れなく、重厚な演奏をしている皇宮警察音楽隊を横切る。
このあたりまでは、抜かれることの方がはるかに多い。

10km地点からギアをひとつ上げてみる。
10~15kmまでは27分20秒。
少し落ち着いてきた。
ここからはしばらく、ランナーを追い越しながらのレースになった。

この後、たくさんの仮装をしたランナーたちとすれ違えた。
十字架を背負って裸足で走るキリスト、カネゴン、
スカイツリーの被り物をした人も会えた。
たくさんの仮装ランナーたちに出会えたのは、後ろの方のブロックで良かった点だ。

20kmまでは、まだウォーミングアップ。体力は十分に残しておくこと。
本番は20kmを過ぎてから。

15~20kmは26分01秒。順調にペースを上げられている。
25kmから最速ラップを記録する目標を立て、ここでもうひとつギアを上げた。
体は重くない。少し喉が渇き気味になったけど、まだまだ走れる。
これからさらにスピードを上げるために、うまく助走をつけなければならない。
そして、できればそのままのペースでゴールしたい。

20~25kmは25分05秒。ほぼ予定通りのペース。走るのが楽しい。
今までの練習してきた成果を出している手ごたえがある。

だけど、少しずつ体が重くなる。
(蝋は溶けて、翼が散りはじめる)
このペースは落としたくない。
またペースが落ちたランナーたちを追い抜く力は残っている。

25~30kmは25分19秒。
25分は切れなかったけど、それほど悪くない。
30kmからは、時計を見るのを辞めた。
辛いのは変わらないし、走ることに集中したかった。
まだ、壁は来ていない。壁はこんなところじゃない。
と何度も言い聞かせた。

いつもなら体に吸収されるように感じるショッツも喉を通らない。
口中が乾いているので、アミノバイタルも上手く飲み込めない。
このあたりでまわりのランナーとペースが近づいてきた。
ペースを上げ続ける体力は残されていない。

35kmを過ぎて、コースは最後のゆるやかなアップダウンに入った。
でも、スピードを落とすランナーはそれほどいない。
この程度の坂道でスピードを落としてたら、練習の意味がなくなってしまう。
とまわりのランナーも思っている気がする。
足は何度かつりそうな兆候が出る。
痙攣しないように慎重に走る。
だけど、足はどうなってもいいとも思っている。

ひとり、スパートをかけている女性がいて、追いつこうとしたけど
1~2km追走したところで、距離を離されてしまった。
40km地点の電光掲示板が、3時間50分。1km5分で走れば、グロスで4時間以内。
だけどスピードが上がらない。
このペースじゃキロ5分は切れないと分かるけど足が伸びない。

ここからは、ただ力を出し切ることを目指した。
ペースやスピード、タイムなんてどうでもいいから、残っている力を出し切ろうと。
最後の2kmはあっとういう間な気がした。
いつも、最後はとても長く感じるけど、一歩一歩をすごく集中して走った。
それから、このレースが終わって欲しくないという思いが強くなる。
早く走り終わりたい。止まりたい。でもレースは終わらないで欲しい。
相反する感情。

ゴールが見えた。
そこからの直線は全力で走った。
電光掲示板で、4時間を切れていないのはわかっていたけど、
力を残さず出しきったという実感が欲しかった。

Finish:4時間02分21秒 ネットタイム:3時間50分04秒

ゴール直後はネットタイムがわからなかったので、
4時間に届かなかったという思いもあったけど、悔いはなかった。
走った後、これほど満ち足りた気分になれるレースはそうないだろうから。
それでも、ネットタイムで自己ベストを大幅に更新できたのはかなり嬉しかった。

その後は、バスタオルをもらったり、メダルをかけてもらったり、
スポーツドリンクをもらったり、みかんやバナナをもらったりしながら、移動した。
(走り終わったランナーたちが一人ひとり順番にバナナをもらっているのは、
なんだか面白みのある光景だった)

ビッグサイトでもノンアルコールビールやトマトをもらって、
最後まで至れり尽くせりだった。
誘導の方が「風の強い中、走っていただいてありがとうございました。
どうぞ、ゆっくり休んでください」と声を掛けていた。
レースの感動はもちろん大きかったけど、
TEAM SMILE(ボランティア)のみなさんの笑顔と心配りは、
予想を超えて、素晴らしいものだった。
あのホスピタリティがなければ、レースのかなりの部分が味気なく、
こんなにも特別な大会にはならなかっただろうと思う。
それと、沿道の人たちの応援の見事さ。翌日の新聞にも書かれていたように、
東京は祝祭に足る器量で、見事なハレを演出してくれた。

それから表参道まで移動し、
レースの祝杯に、大坊珈琲店で4番を飲んだ。

そして、珈琲から珈琲への長い道のりに、そっと、しおりを挟んだ。



4 件のコメント:

  1. 生彩を持ったt.matsuuraが走ることについて語るときに
    彼の飲んだ珈琲のことと彼の巡走の都市…って感じかな?
    静かに燃え立つ冷たい炎のような、好いレポートです。
    私の挫折デミより大坊さんの達成デミが旨かった…
    そう言っていただきたい、今回ばかりはネ(笑)

    返信削除
    返信
    1. STYでいただいたときは、半分しか味わえていない感覚でしたが、
      大坊珈琲店の4番を飲んだときに、ようやく、残りの半分の味わえたと思いました。
      双方の比較ではなく、大坊で珈琲を飲みつつ、
      過去の帰山人さんの珈琲も味わっている、そんな贅沢なひと時でした。
      それも、あの珈琲のおかげです。(このブログが書けたのも)
      ありがとうございました。

      削除
  2. 僕はマラソンをきちんと走ったことも見たこともないのですが、
    読んでいてその世界の深さに
    少しだけ触れさせてもらったような気分になりました。
    思っていた以上に、別の世界なんですね。
    入ることができれば自分の中の何かが広がるだろうな、と、
    まだ入ったことのない僕はうらやましさも感じました。

    返信削除
    返信
    1. 別の世界という認識はなかったですが、
      上手く走れたときは、素晴らしい本に出合えたような
      そんな気分になれます。
      とすると、ご指摘のように走ることは
      「別世界」に行くことかもしれないです。
      ごくまれにですけど。

      削除