どんな暮らしをしているにせよ、
かわりばえのない毎日では、半分眠っているような
ぼんやりした気分になってしまう...
そんな時 ちょっとした旅にでも出かけられたら、
感覚が広々として目が覚めたような気分になるんだ。
旅先で物珍しくまわりを見て歩いたり
都会では感じられない田舎の雰囲気は
新鮮なことばかりで、ほんと飽きない。
都会の住まいへ「あのこと、あれのこと、よろしく頼む」
なんて連絡するのも、なんとなく面白い。
そんな所では、あらゆることに心が捉えられるせいか
人の持ち物までよく見えて
その人の立ち振る舞いや長所まで
いつも以上に深く感じられてね。
そっと寺や社にこもって、静かに時を感じるのも、
これまた楽しい。
【 原文 】
いづくにもあれ
しばし旅立ちたるこそ目さむる心地すれ
そのわたり ここかしこ見ありき
ゐなかびたる所 山里などは
いと目慣れぬ事のみぞ多かる
都へ便り求めて文やる
「その事 かの事 便宜に忘るな」
など言ひやるこそをかしけれ
さやうの所にてこそ 万に心づかひせらるれ
持てる調度までよきはよく
能ある人 かたちよき人も
常よりはをかしとこそ見ゆれ
寺社などに忍びて籠りたるもをかし
<所感>
人が走る理由について、最近考えていました。
走ることは、時々旅にも例えられるけれど、
人間の足で移動した感覚と
車や電車などで移動した感覚では、
どこか体と気分の整合性というか納得感が
違うのかなと最近感じることがあります。
距離に関係なく、昔の旅は基本徒歩でしょうから、
走るのが好きな人は、
この段で兼好さんが書かれている
“目さむる心地”を体感したいからかなと
なんとなく思いました。
走るのは苦手なんですが、
返信削除昔はよく自転車で、ふらふらと
あてもなく遠出しました。
自転車は、身体での移動と、
機械(乗り物)での移動との、
ちょうど中間のような感覚で、
いまでも移動手段でいちばん好きかもしれません。
自転車もいいですね。
削除ランだと、あてもなく遠出...
とはいかないので。
(ランで道に迷うと心細くなるので)
でも、違う景色が見られて
どちらも楽しいです。