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「徒然草」の自分勝手な現代語訳(意訳)を中心に、ときどき自分の日常もつれづれます。

この嘲弄の上に乗ってふわふわと高い瞑想の領分に上って行くのが自分には大変な愉快になった。 硝子戸の中(夏目漱石)

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2011/05/11

【徒然草】 第五段

深く深くもの想いに沈んだ人が
(軽薄な思いつきで髪を剃ったのではなく)
空気になったように、人との交わりを絶って
誰の訪問も期待しない日々。
そんな生活になら憧れてしまう。
顕基(あきもとの)中納言が言った
「流刑地の月を罪の無い身で見られたなら」
という言葉にも、共感を覚えるね。

【 原文 】
不幸に憂に沈める人の
頭おろしなどふつつかに思ひとりたるにはあらで
あるかなきかに 門さしこめて
待つこともなく 明し暮したる
さるかたにあらまほし
顕基中納言の言ひけん
配所の月 罪なくて見ん事 さも覚えぬべし

<所感>
引きこもりたくなる時、ありますねー。
全然ある。
兼好さんも仕事大変だったのかーと思いました。

※「配所の月」は「流刑地の名月」の
ことのようです。
状況や心象が月に影響したということかな?

2 件のコメント:

  1. この「配所の月」に対する兼好の感覚は謎だなぁ。
    単なる厭世とか遁世とか以上に、異常で寂寞とした
    逆境みたいなものを好んでいるフシがあるわけで。
    かなり変態というか猟奇というか…
    病んでいるんじゃないかとさえ…
    ま、その方が魅力的だと思いますがね、私も。

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  2. to:帰山人さん

    カフカの「流刑地にて」を思い出したのですが
    死に近しい場所では、
    他者との関係性(月も含め)が特殊なのかもしれませんね。
    で、その非日常性は歌人・兼好にとって
    切実に求めていたものだった…のかも、と思いました。

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