ブログについて

「徒然草」の自分勝手な現代語訳(意訳)を中心に、ときどき自分の日常もつれづれます。

この嘲弄の上に乗ってふわふわと高い瞑想の領分に上って行くのが自分には大変な愉快になった。 硝子戸の中(夏目漱石)

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2011/08/06

誘拐されたい





















セミがひどく鳴いている。

並木道を歩いていると、世界の終わりに何かを訴えられているようだ。

こんな風にセミの声が皮膚の中まで降り注ぐ日は、

この鳴き声に誘拐されて、どこかへ消えてしまいたくなる。

それというのも「ノートブックに誘拐された」を思い出したからだ。

昔、片岡義男の「ノートブックに誘惑された」を何かで見かけた時、

「誘惑」と「誘拐」を間違えて覚えてしまった。

それ以来僕の中では、ノートブックは誘拐する(かもしれない)存在だ。

ノートブックは何のために誘拐するのか?

そこには、微かにゆらぐ物語の感触があった。

原作、というか本物の「ノートブックに誘惑された」も読んだけれど、

内容はすっかり忘れてしまった。

そして、今は「ノートブックに誘拐された」というタイトルだけが、

頭に残っている。

2 件のコメント:

  1. ノートブックに誘拐された…
    想像力を刺激るフレーズですね

    それが「誤読」だというのも興味深いです
    人生はまさに誤読の連続です

    それから、このエントリー自体が
    洒落たショートショートのように感じました

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  2. to:マツさん

    >人生はまさに誤読の連続です

    って、迫力のある言葉ですね。
    ちょっと息を飲んで、その後言葉が続かないような。

    >洒落たショートショートのように

    僕はマツさんの洒脱で端正、ユーモアがある文体が
    とても好きで、そう言って頂けると嬉しいです。

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