セミがひどく鳴いている。
並木道を歩いていると、世界の終わりに何かを訴えられているようだ。
こんな風にセミの声が皮膚の中まで降り注ぐ日は、
この鳴き声に誘拐されて、どこかへ消えてしまいたくなる。
それというのも「ノートブックに誘拐された」を思い出したからだ。
昔、片岡義男の「ノートブックに誘惑された」を何かで見かけた時、
「誘惑」と「誘拐」を間違えて覚えてしまった。
それ以来僕の中では、ノートブックは誘拐する(かもしれない)存在だ。
ノートブックは何のために誘拐するのか?
そこには、微かにゆらぐ物語の感触があった。
原作、というか本物の「ノートブックに誘惑された」も読んだけれど、
内容はすっかり忘れてしまった。
そして、今は「ノートブックに誘拐された」というタイトルだけが、
頭に残っている。
ノートブックに誘拐された…
返信削除想像力を刺激るフレーズですね
それが「誤読」だというのも興味深いです
人生はまさに誤読の連続です
それから、このエントリー自体が
洒落たショートショートのように感じました
to:マツさん
返信削除>人生はまさに誤読の連続です
って、迫力のある言葉ですね。
ちょっと息を飲んで、その後言葉が続かないような。
>洒落たショートショートのように
僕はマツさんの洒脱で端正、ユーモアがある文体が
とても好きで、そう言って頂けると嬉しいです。