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「徒然草」の自分勝手な現代語訳(意訳)を中心に、ときどき自分の日常もつれづれます。

この嘲弄の上に乗ってふわふわと高い瞑想の領分に上って行くのが自分には大変な愉快になった。 硝子戸の中(夏目漱石)

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2012/02/13

【徒然草】 第十三段

ただひとり、あかりのもとに書物を広げ、
どこか遠い世界にいる人を「友」と呼ぶ。
それほど、心休まることがあるだろうか。
書物は、文選(もんぜん)の趣深い巻物の数々、
白楽天の詩文集、老子の言葉、荘子の物語、
この国の文章(もんじょう)博士達が書いたものでも
古ければ、なかなか面白いものが多い。

【 原文 】
ひとり 燈のもとに文をひろげて
見ぬ世の人を友とするぞ こよなう慰むわざなる
文は文選のあはれなる巻々
白氏文集 老子のことば 南華の篇
この国の博士どもの書ける物も
いにしへのは あはれなること多かり

※文選・・・周より梁に至る作家の詩・賦・文を集めたもの。昭明太子の撰。
※(文章)博士・・・大学寮・陰陽寮にあって、学芸の教授、学生の課試を任務とした。


<所感>
本が好きだから一人が好きなのか、
一人が好きだから本が好きなのか、
なんにせよ鎌倉時代の人とあっさり共感できてしまう
読書ってスゲーなと思います。
今だったら、プラトンやアリストテレスも
友の一人に選んでいたかもしれないな。

2 件のコメント:

  1. 兼好も「読書尚友」を説いていたワケだ。
    山本夏彦も《生きている人と死んだ人を区別しなかった》
    んだそう(「樗材だって生きられる」『嶋中労の「忘憂」日誌』)で、
    老荘思想を学んだ奴は皆そういうんかいな?
    その嶋中さんなんて《友だちは死んだ人に限る》
    とか言っているし、存外さみしがり屋のつむじ曲がりは
    皆「読書尚友」を説くんだろうなぁ(笑)

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    1. to:帰山人さん

      老荘と読書尚友は、本来相容れない感じもしますが、
      それでも老荘好き!読書好き!とためらいなく言えるのは
      兼好すごいなと思います。
      読書が好きな人間は、つむじ曲がりか?
      けっこう多い、、というかほとんどな気もしますね(笑)

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